第一話

暑い風が道場を駆け巡る。
男子弓道予選。総当り戦で一番多く的に命中したチームが決勝にあがれる。
三人一チームで行われるこの種目は実に端的にかつ明確に結果が出てしまう。そして同点まで詰め寄った我がチーム。自分の放つ最後の矢は逆転の
矢でもある。が、その矢は的に当たる事はなかった。この瞬間、自分の試合は幕を閉じた。あれからまもなく、自分は高校受験に合格。見事第一志望で
あった「大宮高校」に通う事になった。
 大宮高は弓道で有名な高校で、ここから国体選手級の人物も誕生している。だから中学ではじめた弓道を高校でもしたくて、いずれは弓道と言う種目
を世界中に広めたいと思っていた。自信もあったし、才能もあった。そして努力もした。だが現実はそうではなかった。中学最後の大会も自分のミスで予
選敗退。自分の夢ももろくも崩れ去った。
 
 春の風に乗って桜が宙を舞う。それは桜吹雪となって大宮高に続く道に降り注ぐ。その奥には「入学式」と言う文字が書かれた看板が目に入り、今日
は入学式である事を思い出させる。が、別にこんな高校に居る理由はなくなてしまった。
「おっはよ!」
不意に背中越しから呼ばれる。振り返れば大友 渚の姿があった。黒い長い髪を風になびかせ、目、口、鼻は綺麗に顔に収まっている。さしずめ、和風
人形といったところだろう。
「おはよ。お前は元気だなぁ」
和風美人は美人なのだが、こいつの悪いところは底抜けに明るいことである。
「そりゃね!だって高校生だよ?また弓が握れるんだからうれしいよ。あんたはうれしくないの?」
「まぁ」
 それだけ言って足を進める。後ろから「ちょっと!」と声が聞こえるが、気には留めなかった。「1-G」と書かれた教室に入り、担任の簡単な挨拶が始ま
った。教室の後ろには父兄が立って、すでに親同士なかよくおしゃべりをはじめている。自分はそんな空気についていけず、ぼんやりと外を眺める。空は
快晴。入学式にぴったりの春の門出だろう。本当なら胸躍らせて高校生生活に臨むところなのだろうが、どうも自分はそうはいかないだろう。 
 体育館は木作りの建物である。バレーボールのコートが4面ほど出来る大きさだ。
「今から将来を立って歩かれる皆様に、今日のような春の日差しが差されますよう・・・」
お決まりの台詞を淡々と述べる校長の言葉は誰も聞いていないだろう。みんな緊張はしているがそれだけだ。右の耳から入って左の耳に抜ける。なんと
なく過ぎた入学式。教室に帰されて、恒例の自己紹介となった。
「青島 譲」
それが自分の名前だった。
「中学は上仲立中学校でした。部活は弓道をしてました。これからよろしくお願いします」
それで終わりだった。正直今日は乗り気ではない。
 
「青島 譲」
帰り際、耳慣れた声が呼び止める。
「あっ、お前は下仲立中の・・・」
「赤絵 茂だ」
右手を差し出してくるので、とりあえず握手をする。
「やっぱりこの高校に来たのか」
茂はうれしそうに顔をほころばせる。茂とは中学のライバル関係にあった。こっちは根っからの素人からはじめた弓道。あっちはサラブレットの弓道人。
しかもモデル界からもお呼びのかかるほどの美形。そして好青年。勉強も出来るし、スポーツも出来る。まったくずるい奴だ。
「お前も弓道するんだろ?ほんの何ヶ月前までは敵同士だったが、今年からは同じ仲間だ」
茂がぐっと詰め寄る。
「しかし、お前とはライバル関係にあることは変わらないぜ」
軽く胸を小突く。彼はそれでもうれしそうに笑っている。だが、自分は決めたのだ。もう弓道はやらない事を。それを茂に話すと、彼はさっきまでと打って
変わって顔を強張らせる。
「はぁ?なにそれ?」
「だから、もう弓は握らない」
それだけ言ってきびすを返す。
「なんだよ。中学で負けたからって別に辞めるこたぁねぇだろ!高校でもう一度やりゃいいじゃねぇか。考えが女々しいんだよ!」
それでも足は止めなかった。もうどうでもよいのだ。所詮気まぐれではじめた部活だし。たまたま上手くいっただけだ。
 校舎を出て空を見上げる。そこには昼間での天気が嘘のように黒い雨雲が立ち込めて、今にも雨を降らさんとしていた。
 

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